こんばんは。今日も書く
今日は友達と二郎系を食べに行った。近所にあったのだが、なかなかいかなかったものだから、ようやく行ってみた、という感じ。味は、最高だった。エスニックな味わいの独特な路線だったが、一つの、二郎とは別のおいしいラーメンでおいしかった。二郎系あるあるなのだが、「直系のできそこない」みたいなものを出す店が非常に多い。ストレートな出来損ないを出すのではなく、ジャンクさを伴わせたり、よくわからないオリジナリティを混ぜたりするのだが、その芯はといえば、やはりできそこないの直系二郎なのだ。そういう二郎系ではなくて、一つの純粋なラーメンとしても、二郎系としても受け入れることができる、オリジナリティある素晴らしいラーメンだった。
今日の勉強の成果は、芳しいものではなかった。理科と数学はやれたが、数学の3とCはまったく手がついていない。午前は、昨日に比べたら頑張れたが、ラーメンを食べに行ったために時間が削られた(大失態)。また、最終的な勉強時間は4時間47分だったのだが、あきらかにさぼっている。午前に2時間詰めたのに、なぜ午後に3時間弱しかできていないのか。午後は晩御飯をゆっくり食べたりラーメンを食べに行ったりしている間に時間があっというまになくなったのだろう。
受験生にしてはスケジュールの組み方が遊びすぎている。まったくもってけしからん。
どれだけ勉強したくても、ぼんやりする間になぜか時間は過ぎ去ってむなしい時間を過ごすことになる。これは私の意思の弱さのためだ。だが悲しいのだ。まったく勉強時間がとれない、いつまでたっても何もできない。自分の怠惰さと無力さが悲しいのだ。
それでも具体策を立てて頑張らなくてはならない。私の弱点は、どうやら食事らしい。食事の前、食時の最中をだらだら過ごしてしまう。
食事の前は、食事の前の数十分を、やり切れずにぼんやりして、食事の最中は、食事をゆっくりとって1時間以上無駄にしている。これではいけない。
食事だから、ゆっくりしていいなんて道理はない。食事はもはや作業である。
私の食事はありがたいことに品数が多いのだが、それを机に広げてのんびり食べてはいけない。生命活動を維持できて多少は文化的な食事を少ない品目におさめて掻き込むのが受験生の食事である。
そして食事だからといってリラックスしてはならない。受験生のリラックスは、どこまでも相対的でなくてはならない。勉強の種類のなかで、緩急をつけて、相対的なリラックスをもたらすことができなくては、長時間の勉強は絶対にできないと確信している。食事の時間でさえも、緊張を切ってはいけない。食事は緊張の中の刹那の時間でなくてはならない。
今日ははがゆい休日を過ごしたが、理科は継続してやれた。自分のなかではそこだけは満足できている。また、音楽中毒からも解放された。なんだかんだ進捗はあった週末だ。天王山の夏までに、なんとか休日の勉強量をしっかり確保していきたい。頑張る。
今日の勉強時間4時間47分
割合 40パーセント